一、消えた存在

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ホームズはある程度読んだ筈だ。 だからといってその中から一冊を挙げるのは盛り上がりに欠けるだろうか? 「ま、色々です」 「あ、アバウトね」 適当な返事をすれば話を終わらせられるかと思ったのだが、そうは問屋が卸さなかった。 なかなか引き下がらない声主は、隠し持っていた小説を、無愛想な表情をする俺に差し出したのだ。 「これ、最近出た小説なんだけどね。 よかったらどうかな」 無言のままに受け取ってタイトルを確認する。 『〇〇殺人』とは覚えているが、殺人の単語の前に何が書かれていたかは覚えていない。 「あ、でも今はクリスティに集中してるんだったね」 渡したばかりの小説をひょいとつまみ上げて、自分の手元に戻す。 あまりに余計な行動だ。 「まあ、『そして誰も』を読み終わったら貸してあげるから、そのときは言ってね」 どうして俺が借りる前提なのだろうか。 「読ませてください」とは一言も言っていないぞ。 声主は、一言二言くだらない事を話したかと思うと図書室の壁掛け時計を見て声を漏らした。 「やばっ。 このあと火サスの再放送あるんだった!」 高校生で火曜サスペンスを見てる人がいたとは。 今では希少な存在なんじゃないか?     
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