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「足、引っ込めてくれない?」
「やだ。寒い。雪宏はそっちに座ってて。」
なにも出ていけとは言ってないんだけど…
俺の座椅子に伸ばした足をのせたままいっこうに動く気配を見せない幼馴染みだったが、最早この光景にも見慣れてしまった自分が悲しい。
冬香は、学校が終わると制服のまま俺の家のこたつへ直行するのが日常だった。
制服に皺がつくからやめろと何度も言ってはいるのだが…
そんな俺の心配をよそに、当の本人は布団を肩までかけて、さらに後ろから毛布をかけ、ぬくぬくしている。
ほら、と手にしたマグカップを渡すと
こたつからもそもそと両手を出し、包み込むように受けとる。
やはり伸ばした足を引っ込める気はないらしい。
正面に座るのは諦めて、冬香の左手側にまわり控えめに正座する。
なみなみと注がれたココアをひとくち。
やわらかい甘さがふわり、口のなかに広がる。
ちらりと横目で様子を伺う。
ふぅーっと冷ましながらゆっくりココアを口に含む。
周囲に花が舞うかのように笑みを浮かべるその姿は、まさに女の子。
『ゆきひろっ』
何度も俺の名前を呼びながら追いかけてきた、あの頃と同じ。
黙ってれば、可愛いのに。
「あ、いま失礼なこと考えたなっ」
考えてないよ、と笑えば、頬を膨らませてぽかぽか叩いてくる。
最近はそんな姿さえ可愛いと思ってしまう。
この気持ちはいつ生まれたのか、とか。
この瞬間がいつまでも続いて欲しいと願う、ふわふわとあまいこの気持ちに名前はあるのだろうか、とか。
色々考えたけれど、答えはまだ見つからない。
それでもいいと思った。
冬香と一緒にいたい。
いまはそれだけで十分だ。
はらはらと舞う斑雪をぼんやり眺めながら、またひとくち、ココアを口にする。
こんどは蜜柑でも買っておいてやろうか。
そんなことを思いながら。
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