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あの酒蔵にはひとりの男の幽霊が現れる。
津川 新衣子、十歳の雪の降る夜のこと。
分厚い雪雲に阻まれた月明かりが紫色に雪景色を染めあげている。
北国の山奥の村に佇む日本家屋が、雪の中であたたかく灯りをともし、年末の親戚の集まりでとてもにぎやかだ。
新衣子はぼふぼふと雪を踏み荒らしながら、こっそり日本家屋の自宅裏にある酒蔵までやってきた。
酒造を営む家系の津川家の、いちばん古い、酒造にもう使わなくなった酒蔵。
ここには毎年、真冬の夜に男の幽霊が出る。
濃紺の軍衣に軍帽、軍靴、銃剣を携えた兵隊の幽霊だった。
「やあ、今年もお会いしましたねぇ」
新衣子は毎年、この男の元をこっそり一人で訪れている。家族や幼馴染には一度馬鹿にされたうえどうやら誰にも見えていないようだったので、新衣子は一人でこの時期この男の幽霊に会いに来る。
「私のこと、今年も覚えてる?また背が伸びたよ」
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