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じっと酒蔵の前に立つ男に、新衣子は水筒に入れたあたたかいほうじ茶を湯飲みに入れて酒蔵の階段に置く。
「さいきんね、勉強はむずかしいんだけど、成績は悪くないよ、ほんとだよ。でね、私に新しいお父さんができるんだよ」
男はいつも新衣子に返事をしない。だが新衣子の目を見てじっと耳を傾けているようだった。
「お母さんがね、すごく幸せそうなの。私も嬉しいな。それでね、私、お母さんのとこに行くことになったから、ここから出て行っちゃうんだ」
あっけらかんと言って、その言葉はより冷たく鋭利な存在になったように新衣子は感じた。
本当の父親以外の男が、多感な時期の新衣子の父親になることは、やはりその胸にいやな波紋を生んだ。
だが新衣子はその不満を誰にも言ったことはない。自分の発言が、家族のバランスを崩してしまうことになり得るからだ。
「兵隊さん、毎年遊びに来るから、私の話を来年も聞いてくれる?」
男は新衣子のまんまるの瞳をじっと見つめながら、表情少ないながらも優しげに目を細めた。
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