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「でも、今は私と一緒よ。できればまた毎年会いに来たいな。私がもし来れなかったら、兵隊さん、会いに来てね。住所はねぇ…」
新衣子はなにも言わなくなった男に次々に話を振った。そうしなくては、津川新衣子というこの少女は、心の戸惑いに押し潰されそうだったのだ。
ひょうきんさは装えても、新衣子の戸惑いまでは隠すことができなかった。
だからか、他人に物言わぬこの幽霊の男ならば、なんでも話せた。話してしまって、新衣子はいくらか気持ちが和らぐのだった。
「じゃあね、風邪ひかないでね。おやすみ」
男からの反応は無かった。新衣子は湯飲みにあたたかいほうじ茶を淹れなおして、男に手を振った。
また来た道を戻る見慣れた小さな背中を、男はじっと静かに見つめていた。
新衣子は、その冬のうちに津川姓から抜けて、佳月姓となった。
それからすぐ新しい父親と、実母と、新衣子の三人は隣の県の街に住み始めることになる。
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