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5.代わりにくれたはリンゴジュース二本
「冗談ですよ。影なんてもらったって困りますから」
「ですよね。あの人は私の影を何に使ってるんだろうな」
「こんなのはどうでしょうか。その人は影を持たずに産まれて来たからそのことでいじめられて育った。だから、誰の影でもいいから、影が欲しかった。だから、木田さんの影は別に何もさせられていない、その人の影になって、コンプレックスから解放させてあげてる。ね」
「これまでに何パターンも想像してきましたけど、一番やさしい想像ですね。やさしい想像力を持ってるんですね。欲しくなっちゃうな」
木田さんは瞬間、私の体を透かして見た、気がした。私の後ろの電柱にとまった虫の種類を尋ねるのはよしておく。
「あ、あげないですよ!」
「うん。冗談です。これ、いいですか? もらっていっても」
木田さんは最後まで、私よりもこたつ机に許しを求めるようにして、右手でクッと持ちあげた。
「いいんですけど、影の代わりに何をくれますか? 別になんでもいいんですけど、なんだか、何かもらわないといけない気がします。がめついとかじゃなくて。足元見るとかでもなくって」
「そうですね。じゃぁ、うちに来てください。うちにあるものなら、なんでも持っていって構いませんよ」
「あ、いいんですか」
「えぇ、それなりに綺麗にしてあるつもりです」
「じゃぁ、失礼して」
私は貼った不用品の紙をはがして、折りたたんで上着のポケットに入れた。
「二人で持ちます? それとも、足と天板担当別けます?」
「動きの機敏な人ですね。それじゃぁ、天板の方をお願いします」
「わかりました」
通された木田さんの部屋は綺麗に片づけられているというよりも、誰も住んでいないような部屋だった。
靴下が床を摩擦なく滑るような、冷蔵庫の裏っ側にカピカピのお米粒もないような、部屋と人の一体感を感じられない部屋で、私はまばたきのリズムを忘れる。
「ここに天板お願いします」
六畳の何も物のない和室に、木田さんはこたつ机を静かに置いた。私が天板を被せると、ばあちゃんのこたつ机が縁側のばあちゃんみたいに見えた。縁側のばあちゃんとポカポカの陽ざしは、お喋りとセットだったよね。
「なんにもないんですけどね、これ、田舎から送ってきたリンゴジュースなんですけど」
木田さんは影のない体でこたつの代わりを提示してくれた。瓶の反射にも木田さんの影はいないのね、寂しいね。
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