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「どうしたの、今日はずいぶんと元気ないじゃない」
麻里が顔を覗き込んできた。麻里の顔を見ると泣いてしまいそうで、遥香は視線を90度横にそらす。
「昨日のボルダリング教室で、何かあったの?」
さすが、一番の親友なだけあって、遥香のことを良くわかっている。普段は嬉しいそのことが、今の遥香には疎ましかった。言いたくないという気持ちと、全て打ち明けて慰めてほしいという気持ちの間で揺れ動く。長い沈黙が、さらに腹の底の痛みを際立たせた。麻里は辛抱強く、ずっと待っている。これは、とことんまで自分に付き合ってくれる気だ。そう気づいた遥香は、麻里の厚意に応えるためにも話さなければ、と決心して口を開いた。
「実は、ボルダリングのジムに、クラスメイトの早川って子も来てたの。あまり仲良くない子なんだけど」
「そう」
麻里の相槌は淡々としていた。余計なリアクションで必要以上に盛り上げたりせず、事実をただ認めてくれる相槌だ。そのことに少し安心して、遥香は話を続けた。
「ジムが終わって、帰る方向が同じだから、一緒に帰ってたの。話好きな子だから、ずっと話しかけて来るんだけど、正直、うざくって。早く黙らないかなって思って、適当に返事してた。そしたら、ひどいこと言われたの。『あんた、私たちのことバカにしてるでしょ』って。『でもクラス中からバカにされてるのはあんたの方よ』って」
涙声になりそうで、それ以上話せなかった。目に力を入れて、あふれそうになる涙をこらえる。そんな遥香の様子など気にも留めないそぶりで、麻里は痛いところを突いてきた。
「でも、遥香ちゃんがその子たちのこと、バカにしてたのは事実なんでしょ」
麻里の言う通り、事実だ。でも、自分がそんなに性格悪いなんて認めたくなくて、遥香は黙って床を睨みつけていた。
「その早川って子とは、今日も学校で会ったの?」
黙ったまま首を縦に振る。
「学校ではその子、態度が変わった? 例えば、クラスを巻きこんで遥香ちゃんのことをいじめてきたとか」
首を横に振ってこたえた。
麻里はひといき置いたあと、
「それは、その早川って子のほうが大人だね」
とキッパリ言い切った。
遥香は弾かれたように顔を上げた。麻里に裏切られた、と思った。
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