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「頭いいのは、早川さんのほうだよ」 早川はきょとんとしていた。 「えっ、私なんて、頭よくないよ。テストだって、遥香ちゃんのほうが良いじゃん」 「そうじゃなくて、教え方が、頭いいなぁって」 早川に見てもらって練習したときの光景を反芻する。ゆっくりと壁に向き合い、背中からかけられる早川の声を頼りに、一歩一歩、登っていく。早川のアドバイスは的確だった。最初に彼女が教えてくれると言い出したときには、遥香は早川が自分のやり方を押し付けるんじゃないかと警戒していた。しかし実際には、早川は遥香が試行錯誤するのを、まずは忍耐強く見守った。遥香の考え方を尊重し、理解し、行き詰ったときに初めて解決のヒントを投げかけてくれるのだった。それは、黒板の前の教師が一方的に算数の公式を押し付けるより、ずっと生徒のためになる教えかただと、遥香は舌を巻いた。 「毎回、すごくいいアドバイスくれるし。あと、早川さんが登ってるの見てても、発想というか、アイデアがすごいなぁ、頭いいなぁって思ってて。って、そんなこと、初心者の私に言われても、って感じだろうけど……」 「嬉しい!」 遥香の言葉を遮るようにして、早川が叫んだ。遥香の手をとって、飛び跳ねそうになりながら続ける。 「遥香ちゃんに、そんな風に言ってもらえるなんて、思わなかった! 教え方上手いとかも、初めて言われたし! キャー! 嬉しい!」 夜の住宅街の道なのに早川が大きな声で叫ぶから、周りの住人から叱られないかと遥香は冷や冷やした。冷や冷やしながら、こうして自分の気持ちを素直に表現できる早川のことを、うらやましく思った。
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