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早川にはそのまま家に帰るよう促し、遥香を後部座席に寝かせると、麻里はかかりつけだという診療所に車を飛ばした。初老の、とはいえ麻里よりは若そうな、人の好さそうな先生に処置してもらい、遥香の腹痛はひとまず治まった。 「大丈夫? お母さんに連絡とれる? 帰りが遅くなって、心配してるでしょう」 診療所の狭い待合の椅子に並んで腰かけ、骨ばった手で肩をさすってくれる麻里にもたれかかりながら、遥香はぐったりとして首を振った。 「この時間は、まだ仕事中だから、電話しても出ないよ。帰ってきたら話す」 「そう」 それきり、二人の間には沈黙が訪れた。黙ったまま、目配せだけして診療所を出て、麻里の車に乗り込む。麻里が言うより先に、遥香は自宅の場所を表示したスマホの画面を突き出した。こうして口に出さなくても麻里と意思疎通できることが遥香には嬉しかった。だけれど、どうしても口で言うべきことがあるのも、分かっていた。車の窓越しに、近所のスーパーのネオンが通り過ぎる。もうすぐ家についてしまう。その前に、どうしても麻里に話さなければ。 「さっきのあの子が早川さん? やっぱり、いい子だね」 先に口を開いたのは麻里だった。 「うん、早川さんはいい子だよ。私なんかより、ずっと」 ポツリ、ポツリと遥香の言葉が続いた。 「早川さん、他の人のこと、よく考えてるの。その人にとって、どう接するのが一番いいか、とか。頭も良くて、気配りもできて。すごいよね。それにひきかえ……」 喉がつまる。ゴクリ、とつばを飲みこみ、息を吸う。 「私、かっこ悪かったね」 言ってしまうと、今までのモヤモヤが嘘のようにスッキリした。 「相手のことなんて全然考えずに、独りよがりに周りを見下して。麻里ちゃんにも、そんな話ばっかりして、嫌な気持ちにさせちゃったよね」 運転席の麻里を見る。流れる街灯の光に照らされた彼女の横顔は、いつもの笑みを浮かべていた。 「いいよ。私たち、一番の親友じゃない」 <完>
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