1

8/16
前へ
/16ページ
次へ
なんで、この子がいるの。 さっきまでのワクワク感はシュっと萎み、遥香は舌打ちしたいのをなんとかこらえていた。そんな遥香の様子に気づかないのか、目の前の早川は興奮気味にしゃべり続ける。 「まさか遥香ちゃんもジムに来るなんて、びっくりしちゃった! クラスの友達がジムでも一緒なんて、私はじめて! 嬉しいね!」 友達じゃないし、と遥香は心の中で吐き捨てた。 「いつもジムの帰りはひとりだったけど、これからは一緒にお喋りしながら帰れるね」 眼を輝かせる早川とは対照的に、遥香はがっくりと肩を落とす。これから毎回、帰り道で早川のくだらない話を聞かされるなんて。せっかく楽しみにしたボルダリングジムの初回が、まだ始まってもいないというのに、遥香は早くもゲンナリしてしまった。 「この子、体験教室のときには、いなかったじゃん」 早川に聞こえないように、ボソッとつぶやく。どうしても愚痴らずにはいられなかった。 こんなはずじゃなかった。体験教室で感じたジムの印象は上々だった。憧れのガラス戸の内側に足を踏み入れたときの胸の高鳴り。恐る恐る壁の突起をつかみ、登っていった感触。コーチや他の大人たちに「初心者にしては筋が良い」と褒められたときの嬉しさ。あの日見かけた、壁を軽やかに登るお兄さんのように、私も上達するんだという期待が、抑えきれずに膨らむ。もちろん入会を決め、手続きをして帰り、本日、意気揚々と最初のレッスンに向かった。普段は周りの人間をみんなバカにして、気だるく生きている遥香だが、ボルダリングに関しては珍しくやる気に満ち溢れていた。この女が現れるまでは。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加