雪原に紅一点

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   1  巨大な船を操縦しているのは若い女だった。  均整のとれた身体をしなやかに動かしながら、操作画面を見つめている。  首筋がはっきり見える白茶色の短い髪。切れ長の細い眼は無機質で色彩がなかった。 (こちら管制塔。進入を許可する。炎熱惑星マーキュラソンへようこそ) (進入許可を感謝する)  女は抑揚のない声で答えた。    地平線まで広がる宇宙空港に降り立つと、予想以上の熱風が吹き荒れていた。  平均気温60度。湿度85パーセント。  青い太陽が容赦なく照りつけている。  女はかすかに顔をしかめ、油断のなさそうな眸を凝らして、検疫庁舎を眺めた。  辺境惑星にありがちなみすぼらしい建物である。検疫といっても、形式的な事務作業が通例だった。  灰色の作業服姿の男が分析用のロボットを脇に侍らせて庁舎から出てきた。疑わしそうな視線を無遠慮に投げた。  女の容姿全体を値踏みするように観察した。 「名前と寄港目的は?」  すでに送信済みだが、と女は答えかけてすぐに飲みこんだ。辺境惑星では些細ないざこざが、抑留の口実にされてしまうからだ。 「名前はミルクティ。ダインシティまで積み荷を運ぶ」  担当者は、慌てた顔つきになった。 「ミルクティだって? あの、ミス・火星の?」 「そうよ」 「こいつは驚いた。本当なら認証番号と細胞蛋白質情報を精査したい。このロボットに必須情報を提示して下さい」 「わかった」  女は素直に従った。ロボットに近づき、走査線を浴びた。所要時間はすぐだった。正常の発光灯が明滅した。 「ミス・火星なら危険な仕事をしなくても、一生安泰な生活できるのに、あんたも変わってるねえ」  担当者は話好きそうだった。 「いろんな事情があるのよ」  ミルクティは感情のない声で言った。 「ダインシティまでの運搬車両の手配はどうしますか」  担当者が尋ねた。 「手配はいらない。船に搭載してる運搬車を使うから」 「積み荷は何ですか」 「雪」 「ユキ?ユキとは?」  担当者の頭脳には「雪」という語彙は存在しなかったのである。未知の言葉。彼はロボットに助けを求めた。 (気温0度以下の大気上層部において、水蒸気が凝固して生成される結晶構造物質。色は白、非常に冷たく・・・・)  担当者は理解できないらしい。炎熱が常態化している環境では、雪の説明は難解かもしれない。   「難しい貨物だな」  
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