12人が本棚に入れています
本棚に追加
「意外と薄情なんだな、ミス火星。優しい女の子だと思ったのに」
「お生憎さま」
「もう少しここにいてもいいか」
「いいけど、話すことはない。退屈なだけよ」
「この星も退屈だぜ。ところで、さっきの手当ては手際がよかったね。医療の心得があるなら、村の人間を診てもらえないかな。むりだったら、お宅が持っている雪を分けてくれるだけでもいい」
「病人がいるの?」
「気候独特の感染症患者と熱中症患者がね。体を冷やしたいのだが、いい道具がなくて」
イサムはミルクティを見つめ、それから立ち上がって運転台の窓の外を眺めた。
「見晴らしのいい運転台だね。連中が丸見えだ」
ミルクティも窓の外を覗き、悪態をついた。
「畜生。トレーラーが包囲された」
ステーンたちが武装兵士を引き連れて、貨物車両に連射砲の照準を合わせている。
「どうするつもりだい?」
イサムが不安そうに訊いた。
「黙って」
ミルクティは短く言うと、外部との音声通話機を入れた。
「どういう事、ステーン?」
すぐにステーンの返事がきた。
「お前が助けた地球人を返してもらおうか。そいつは俺たちの<雪>を盗んだかどで拘束する。余計なまねをすると、お前も同罪だ」
「わかった。引き渡そう。だが、条件がある」
「なんだ?」
「<雪蔵>プラントを早く完成させないと、この星の高温でみんな溶けてしまう。見たところ、もう少しで完成しそうね」
ドーム型の建造物が、運転台から見える。数百人を収容できる大きさである。
「順調な工程だ。条件は何だ、ミス火星」
「プラント完成が最優先で、終了したらナンカン・アールの消息をもう少し具体的に教えてもらいたい。そのあと、イサムを引き渡す」
「いいだろう。そちらも逃げないないように、貨物車両の車軸を圧迫固定させてもらったぞ」
「了解した」
ミルクティは通話気を遮断した。
やり取りを聞いていたイサムが呆れたように言った。
「駆け引きもしないんだ。あっさりしてるね」
「トラブルはいつもあっさりとやってくるのよ。あんたに恨みはないけど、トラブルに巻き込まれるのは願い下げなの」
「何かやらかす気だね。お手並み拝見といこうか。おれは大人しくしてるよ」
イサムは運転室の床に膝を抱えて座った。
ミルクティは操作盤に指を走らせる。
日没が近いのか、外が暗くなりかけていた。濃い紫色の帯が降り初めている。
最初のコメントを投稿しよう!