雪原に紅一点

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「意外と薄情なんだな、ミス火星。優しい女の子だと思ったのに」 「お生憎さま」 「もう少しここにいてもいいか」 「いいけど、話すことはない。退屈なだけよ」 「この星も退屈だぜ。ところで、さっきの手当ては手際がよかったね。医療の心得があるなら、村の人間を診てもらえないかな。むりだったら、お宅が持っている雪を分けてくれるだけでもいい」 「病人がいるの?」 「気候独特の感染症患者と熱中症患者がね。体を冷やしたいのだが、いい道具がなくて」  イサムはミルクティを見つめ、それから立ち上がって運転台の窓の外を眺めた。 「見晴らしのいい運転台だね。連中が丸見えだ」  ミルクティも窓の外を覗き、悪態をついた。 「畜生。トレーラーが包囲された」  ステーンたちが武装兵士を引き連れて、貨物車両に連射砲の照準を合わせている。 「どうするつもりだい?」  イサムが不安そうに訊いた。 「黙って」  ミルクティは短く言うと、外部との音声通話機を入れた。 「どういう事、ステーン?」  すぐにステーンの返事がきた。 「お前が助けた地球人を返してもらおうか。そいつは俺たちの<雪>を盗んだかどで拘束する。余計なまねをすると、お前も同罪だ」 「わかった。引き渡そう。だが、条件がある」 「なんだ?」 「<雪蔵>プラントを早く完成させないと、この星の高温でみんな溶けてしまう。見たところ、もう少しで完成しそうね」  ドーム型の建造物が、運転台から見える。数百人を収容できる大きさである。 「順調な工程だ。条件は何だ、ミス火星」 「プラント完成が最優先で、終了したらナンカン・アールの消息をもう少し具体的に教えてもらいたい。そのあと、イサムを引き渡す」 「いいだろう。そちらも逃げないないように、貨物車両の車軸を圧迫固定させてもらったぞ」 「了解した」  ミルクティは通話気を遮断した。  やり取りを聞いていたイサムが呆れたように言った。 「駆け引きもしないんだ。あっさりしてるね」 「トラブルはいつもあっさりとやってくるのよ。あんたに恨みはないけど、トラブルに巻き込まれるのは願い下げなの」 「何かやらかす気だね。お手並み拝見といこうか。おれは大人しくしてるよ」  イサムは運転室の床に膝を抱えて座った。  ミルクティは操作盤に指を走らせる。  日没が近いのか、外が暗くなりかけていた。濃い紫色の帯が降り初めている。    
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