第1章

8/8
前へ
/8ページ
次へ
 人間たちのいる世界では、『もうこの世界は終わりを迎えようとしてる』という終末思想も流行ってるらしい。  笑わせる。  お前らは、何一つ終わってないじゃないか。少なくても、僕らと比べたら。 「おい、ユーリよ。ユーリちゃんよ」 「変な呼び方するなよ、イスカ。一体どうし――」  彼女は、僕の手をにぎる。 「えへへ、好きだよ。ユーリ」  朗らかな笑みを浮かべるイスカ。  僕には、心地よい温かさを感じる唯一のものだが。同時に、今は少しだけ悲しみも帯びていた。  この笑顔も、いつかは見られなくなる。  この笑顔をするこの子といっしょに、消えてなくなる。この顔を見る、僕の存在も。 「知ってるよ、イスカ」 「おや、何だ知ってたのかユーリ。ユーリは物知りだな」 「でも、きみも知ってるだろ」 「あぁ、ユーリは私のこと大好きだよね。デへへ」 「その笑い方は、意地汚いよ」  でも、だからって何もかもが悔しいわけじゃない。  僕は、プレイヤーの残した思い出を集めるために産み出されたキャラクターだが、彼女といっしょにいるのも、好きになってるのも、制作者たちの思惑のひとつだが、それでもいいさ。彼女を好きなのは変わらない。  何もかもが終わった状態で始まったが、この気持ちだけは終わらせるつもりはない。 「ねぇ、相合い傘を書こうよ」 「僕らはプレイヤーじゃないよ」 「いいじゃない、私ら無給で無休なブラックバイトだよ。これぐらいしたってばちは当たらないよ」  と、彼女はこたつに書かれた相合い傘の横に、僕らの相合い傘を書いた。  これも、制作者に報告してやろうか。名前だけ変えて、混ぜてしまってもいい。  そうすれが、彼らの目には他の人間と同じように、僕らの思い出も報告書としてまとめられる。  その書類の中にだけ、僕らの思い出は記録される。ざまーみろ。ひとつだけ、終わらないものがある。それを誰かが見れば、まだどこかで記憶は始まる。  僕は、そんな幻想を夢見た。  あぁ、これがこたつの世紀、時代なのかな。  こんなものでも、たった一つの希望なのだ。  了
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加