きこえない

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 そこで目が覚めた。二十二時。バイトに遅刻しそうだと慌てて走っていったアオイを見送ったのが三時間前。家に帰ってきて、クレープでいっぱいだったお腹の中になんとかハンバーグを詰め込んで、長い間うとうとしていたらしい。 「お風呂……」  入らないと、とベッドから急に起きあがってふらつき、またベッドに倒れ込んだ。体が重い。ヴ、ヴ、ヴ、とスマホが振動してシーツの上をじりじり移動していく。なんだろうメルマガかな、とスマホを覗くと、アオイからメールが来ていた。 『アオイです。連絡先渡し損ねていました。この番号とメアド登録すればたいてい繋がるから。今日は本当に助かった。ありがとう。借り絶対返すから。なんでも言って。じゃあ』  最後に手を振る仕草の絵文字が付いていた。慣れてないのだろうなぁ、と笑ってしまう取って付けたような絵文字だった。アオイのメールアドレスを登録する。繋がるから、という文面が妙にくすぐったくて、狭いベッドの上をゴロゴロした。  三半規管が弱いのにそんなことをしたものだから、動きをやめても世界がくにゃくにゃくらくらと揺れるのがおさまらなくなってしまった。そういえば、どうしてアオイは私のことを許してくれたんだろう。くらくらする世界の中で考える。廃ビルでふざけるなと怒ったアオイの感情は、五万円の借りで切っ先を下ろせるほど安くなかったはずだ。なのにこんなにも優しい言葉をかけてくれている。  また、ただの勘違いなのかも。疑念が頭をもたげる。繁華街で助けたとき、私はほとんどアオイと視線を合わせなかった。会わせる顔がなかった。本当はどの面下げてしゃしゃり出てんだよ、と言われてもおかしくなかったから、また雪原のような寒々しい目に射抜かれるかと思ったから、怖かった。けれどアオイはただ感謝して、借りを返すと言った。 「どうして、許してくれたんですか」  アオイのメールを見つめながら口に出す。あなたは私の何が気に入ったのでしょう、と。
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