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「スナックうらら」と書かれた看板の裏からもう一度路地の奥を覗く。セーラー服の少女が呆然とこちらの方を見ていて、私に気づいた。少し戸惑った表情を浮かべている。私はぎこちなく笑って言った。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。今の警察呼んでくれた人は」
「あれは嘘です。おまわりさんは来ませんよ」
彼女は少し安心したようだった。それから首を傾げる。
「え、でもおばあさんの声がした気が……」
「それも私でございます」
ゆっくりと老婦人のような口調で私は話しながら近づく。女の子は驚いたみたいだった。私は普段の声に戻して話を続ける。
「中学の時、演劇部にいたので色々勉強してたんです、声の出し方」
「……あ」
少女は私の姿と、さっきのしわがれ声がうまく繋がらないようだった。すると彼女は慌てて学ランの人たちともみ合った時にできたらしい服のしわを伸ばして、背筋も伸ばしてから言った。
「いや、何でもないです。お金まで取られそうだったし、本当に助かりました。ありがとう」
「女子高生から殴られて貰う、生きるためのお金を?」
私がそう返すと、今度こそ少女は、アオイは言葉を失った。さっきからアオイは驚きっぱなしだなぁ、と少しおもしろくなる。
「私だって正義感に溢れるタイプじゃないですから、知っている人じゃないと助けないですよ。喧嘩なんて怖いし。そんなお人好しに見えます?」
「……なんで」
「アオイの声、たぶん自分で思っている以上に特徴的だと思いますよ」
柔らかで少年のような声。アオイの声を聞き間違えることはおそらくない。空気を伝ってゆく声ではなく、閉じ込められていってしまうような声。姿の違いで、私はアオイを見失うことはないのだ。
「女の子だったんですね」
私がそう言うと、アオイは首の後ろに手をやって情けない表情をした。
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