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教室の外を出ると、寒々とした廊下が続いている。大きな窓たちが冬の北風によって氷の壁と化し、廊下を冷やしていく。この場所に立つと、女子だけがスカートの着用を義務付けられていることの理不尽さを改めて思い知る。購買へと歩こうとして、呼び止められる。
「律子ちゃん」
私はきこえないふりをしたかった。けれど、すぐに振り返る。所属している新聞部の部長、里見先輩が立っていた。先輩は小柄な身体で私を見上げ、瞳は爛々と輝いている。
「頼みごとがある!」
そうして頬を紅潮させて、里見先輩は夢見る乙女のようにある噂話について語り出した。
殴られ屋のアオイ、と呼ばれる少年がいる。
アオイはこのT市の女子高生の間で噂になっている謎の人物で、女性限定のサービス業者を名乗っているらしい。サービス内容は簡単で、専用のメールフォームから依頼のメールを送ると落ち合う場所と時間が返信されてくる。約束の日に行くと、お金さえ払えば好きなだけ殴れる少年に会えるという仕組みだという。
どうしてそこまで調べたものを私に託そうとするんですか、と訊けば、彼女は困ったように頬をかいた。
「いやぁ、模試の結果が悪くて……親の小言がすごすぎて取材が続けられなくなっちゃったんだ。ね、律子ちゃん、一世一代の私の取材、継いでおくれよー!」
先輩は頭を下げると同時に手を合わせた。その道化じみた動作に、あ、了承するのは折り込み済みなんだ、と思った。私があまり、というより何も断らない人間であることは、この先輩に知れてしまっている。結局、私でよければ、と答えてしまい、私はアオイへの糸口であるメールフォームのURLを先輩から受け取った。
こうして、校内新聞で「図書館の新着本紹介」の記事ばかり担当していた私は、謎の人物を探りスクープを狙うことになった。たぶん、頓挫するとは思うけれど。
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