きこえない

3/66
前へ
/66ページ
次へ
 家に帰ってスマホを手に取り、早速取材活動に迷いが生じる。相手はどう考えても普通ではない。当たり前と言えば当たり前のことで、女子高生限定というのも怪しさを倍増させていた。何か別の目的があるのではないかと勘ぐりたくなるのだ。架空請求とか、ウイルス感染とか、授業でインターネットの危険については再三習っているので心配になる。  そこまで考えてはたと気づく。もしもそういった害のある出来事があれば、噂で流れないはずがない。噂はいつでもブラックな面だけを強調して広まるのだ。情報を押しつけてきた里見先輩はいわゆる「正義の人」だから、危険があるなら私には話さないだろう。断固として自分の手で危険を、悪を暴くことを望むので、私に手柄を横取りさせるようなことはしない。むしろ、この噂は暴力を孕んでいるのに、クリーンすぎる。  その違和感に背筋がすうっと寒くなるのを感じた。なにそれ。自然と呟きが口からこぼれる。やっぱりやめよう、先輩にはメール送ったけど返信が来なかったです、とでも言えばそれっきりになる、そうしよう。私はURLを打ちこんだスマホの画面を閉じた。つもりだった。けれど、私の指先は僅かに逸れ、検索ボタンを押してしまった。URLを直接打ちこんでいたので、あっと言う間にメールフォームが画面に表示される。 「殴られ屋への連絡」という見出しの下にいくつかの入力項目がある。その簡素さに私は毒気を抜かれてしまい、さっきまでの警戒心が急に馬鹿馬鹿しくなった。   ・名前(ハンドルネームも可能)   ・メールアドレス(返信するときのみ使います)   ・殴りたい箇所、回数(素手のみ、後に変更も可能)  これだけだった。殴りたい箇所と回数の欄は選択ボタンをクリックすると候補が表示される仕組みで、顔、掌、胸、腹、その他とあった。確かに足を殴りたいと思う人間はその他に入るな、と妙に納得する。回数は一から八まであって、それ以上は応相談という形式らしい。八発。これが何か重要な、人間の神秘に関わる数字ような気がした。けれど意味までは読みとれなかった。
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加