きこえない

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 立ち入り禁止の看板の刺々しさもあって落ち着かない。時刻は十六時。打ちっ放しのコンクリートの色が、冷え冷えと夕日に照らされていた。私がいるのはアオイとの待ち合わせ場所に指定された、建設途中で投げ出されたらしい廃ビル。ガラスもはまっていないので、一階の二メートルはある大窓から自由に中へ入れてしまう奔放な建物だった。辺りは同じように放置されたままの雑木林が取り囲んでいる。  廃ビルは私の通う高校があるT市の市外地というでもなく、賑わった土地でもない、とても中途半端な位置に存在していた。普段は誰も気づかなくて、存在を意識すれば簡単に辿りつけてしまうふざけた謎かけのような土地だと殴られ屋を待つ間に思う。 「……知らなければ辿り着けない、必要なときだけ現れる。これなぁに?」  ガラスのない窓から空を見上げて、呟いた。そしてなんのことだろうと考える。自分で言ったにも関わらず、わからない。この廃ビルのことだと思っているのに、違うのだ。それは間違いではないけれど答えじゃない。答えはどこに転がってるんだろう。落ちている答えを私は拾ってあげられるのだろうか。 「こんにちは」  不意に背後から柔らかな少年の声がした。私までおそらく八歩の距離。私は驚いて、驚きすぎて身体が硬直してしまった。空を見上げたまま、尋ねる。 「あなたが、殴られ屋のアオイさん?」 「さん、は気恥ずかしいな。アオイ、と呼び捨ててもらって構わない。あなたが律子さん?」 「はい、連絡をした律子です。私も呼び捨てで構いません」 「そうはいかない、あなたはお客様だ」  私まであと四歩の距離に近づく。足音は踵のある靴のものではなく、ひた、と踵が地面に着く音だけがする底の平たい靴のものだった。 「それにしても、あなたは変わってる。ネットで知り合った見も知らぬ相手に、ずっと背を向けていられるなんて。護身術か何かでも習っているの?」 「いえ、びっくりしすぎて、動けないんです……それに、アオイは悪い人じゃない、ですよね」
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