きこえない

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 四歩の距離のまま、アオイは動かなかった。 「律子、って本名みたいな名前だね」  私の勘の確証は得られないまま、話が流れていく。 「ええ、本名です」 「珍しいな。お客様はみんなおもしろいハンドルネームを名乗ることが多いのに。苺姫とか、アンジェとか」 「外人さんもいらっしゃるんですか?」 「まさか、あだ名だよ」  くすくすと、優雅に笑うアオイの声が打ちっ放しのコンクリートへ反響する。そして私から三歩、二歩、すぐ後ろにアオイが近づく。私は少し首を動かし、左を向いた。薄い茶色のカーディガンを羽織ったなで肩と艶やかな黒髪が見える。視界から確認できる部分から推測するに、背は私よりずいぶん高い。 「星にはまだ早いかな」  アオイが私の肩から空をのぞき込むように顔を寄せてきた。たぶん、そうしないとアオイの背丈では廃ビルの突き出した二階がじゃまをして空が見えないのだ。十六時ちょっと過ぎの空はまだ青い色をしていて、辺りの木々が影絵のように黒く浮かび上がっていた。アオイの暖かい呼気が頬をくすぐってゆくのを感じる。 「一つ、推測をしてもいい?」  私は頷く。
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