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「あなたは、俺が必要ないんじゃない?」
「……わかるんですか、そんなこと」
「だって全然苛ついてもないし、殺気立ってもいない。あなたからは人を殴る暴力性が感じられない」
「……暴力性、ないですか。私」
思わず、念押しのように尋ねてしまう。
「少なくとも他のお客様のようには見えない」
「殴られ屋って、怖くないんですか」
「怖いよ。すごく怖い。でも、お金にはかえられない。あなたみたいな女子高生からお金をもらわないと、俺は生きていけない」
生きていけない、とアオイは言った。お金がないと生きていけないってどういうことだろう、と思ったけれど私は言わなかった。アオイの切羽詰まっている言葉は、私にとってあまりにも実感がなかった。
「それで、律子さん。あなたは何が目的?」
アオイがすっと私から離れた。どう答えようか迷う。私はもごもごと正直に言うことにした。
「……すみません、私、興味本位で来ました。お代は予定金額をお支払いします」
「ふざけないで」
怒鳴ることなく、極端に声を低くした訳でもなく、平坦な声でアオイは怒った。
「俺は物乞いをしているわけじゃない。正当に働いて、正当に報酬を受け取るだけ。わからないかな、わからないだろうね、きっと」
私の背からアオイの気配が遠のいていく。三歩、四歩、五歩、そのまま距離はひらき続ける。
「……待って」
ようやく私は振り返った。アオイも振り返っていた。その切れ長の瞳は、雪原のように寒々しく輝いて私をとらえていた。
「ふざけるな」
今度は面と向かって言われる。そしてアオイは歩いてゆく。私から六歩、七歩、八歩、離れてゆく。私はそこまで数えて、悲しくなったのでやめた。くすくすと笑い声を立てて話してくれたアオイ。けれどその表情は崩れていなかったのだろう。振り返ったときのあの顔。あの顔がすべてだったのだ。優しい声なんかじゃない。相手を品定めをしている時に出す猫なで声を、私が勘違いしただけだった。殴られ屋が立ち去った後、私は窓から星が見えるまでぼろぼろ泣いた。世界で一人きりになった気分だった。
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