きこえない

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 明くる日、登校する前の電車の中でアオイへのメールフォームを閲覧しようとしたら、『存在しません』と表示された。私は諦めきれなくて、ブックマークを削除せずにおいた。アオイから送られてきた待ち合わせのメールは、濁流のように届くダイレクトメールに流されてしまっていて、電車に乗っている間には見つけることができなかった。  いつも通りの学校の時間が始まる。勉強はあまり苦ではなかった。知らないことを知れるのはいいことだ。役に立つことでも立たないことでも、あまり気にしていない。  こうやってぼんやりしているうちに過去に変わってしまう、あいまいな今というものについて考える。私が「そういえば」と考えるのはだいたい一時間前のことだから、私の過去は一時間前から始まる。今から一時間前のあいだは今でも過去でもない、空白の時間だ。一時間後には未来が今になって、今が過去にすり替わる。飛び石を渡るように私は時を歩いているのだ。きっとアオイのことも時間の飛び石の中に置いていかれるのだろう。そういうふうにでも考えなければ、時間とそれにまつわる記憶といつも一緒にいなくちゃいけない。そんなのは、 「……息ができない」 「律子、アンタ運動もしてないのに酸欠?」  ハッとなる。どうやら授業は終わったみたいで、友達がお手洗いへ誘いに来たようだった。 「そうかも。光合成が足りてないのかな」 「アハハ、確かに水と日光と二酸化炭素だけで育ちそうよね、律子は」  超エコじゃん、と友達は笑う。 「でもね、酸素もちょっと、欲しいかも」  私がそう言うと、律子ってホント変だよねー、と言ってさらに友達は大笑いした。私もあは、と笑った。きっと六十分後の私はこの時間を何もしていなかったと認識するだろう。
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