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「俺はきっと、こんな仕事はまともな精神状態じゃできない。だけど、これを断るわけにもいかない。どちらにしても、誰かがやらなければいけない仕事だからな……」
「だからって、どうして離婚……?」
「……今までのような穏やかな自分でいられる自信が無い。夏子にまで辛い想いをさせることになる。だから、そうなる前に」
そんなことない。そんな悟になってしまったら、悟自身が一番辛いはずだ。そういう時に支えるのが夫婦のはず……。
本来なら、そう言いたかった。
だけど、私には言えなかった。
私も私で、ここで離婚したら癌が見つかったことや開腹してみなければどこまで進行しているか分からないこと、もしかしたら最悪の事態もあることだって……悟に話さなくても済むのではないか、と考えていた。
「……本気なんですか?」
私が念を押すように顔を見ると、悟はようやく顔を上げて私の目を見てゆっくりと頷いた。
「分かりました。それが貴方の意思なら」
私はそう言うと、既に夫の欄は記名してある離婚届に自分の名前を記入した。
悟は哀しそうにそれを受け取ると、「ごめんな、夏子」と呟いた。
「私こそ、何もできずにごめんなさい」
そう言うと、涙が零れそうになったから俯いた。
優しい悟がこれから辛い仕事をするのに、こんな時に病気になってしまって……きっと自分のことで手一杯になってしまう。
私はこの人に本当に何もしてあげられないんだ。
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