カプチーノ

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カプチーノ

 ぬくぬくと、炬燵に暖められながら、わたし―橋本桜(はしもとさくら)―はカプチーノを口に運んだ。外と中から同時に、わたしの身体の温度が上がっていくのを感じる。寒ければ寒いほど、悪いことばかりを考えてしまいがちだということを聞いたことがあるが、確かにそれは当たっているかもしれない。少なくともさっきまで頭の中を支配していた「なんで年末年始までわたしは家にこもって卒論の執筆に勤しんでいるのだろう」というやるせない思いは、ほんの少しだけ薄まった気がする。  大学四年生ともなれば、おおむね単位も取り終わって、研究などがない文系の大学生は、自然と大学のキャンパスに足を運ぶこともなくなってゆく。法学部に通うわたしもその一人であり、今はほとんどの時間を卒論に費やしている。アルバイトをしなくてもいいから最低修業年限、すなわち四年間で大学を出ろ…というのが、わたしの親からの厳命事項だ。 無論、わたしはその言いつけを守り、単位は早めに取り終えたし、卒論の進捗度もまずまずだ。途中経過を提出するたびに、重箱の隅をつつくような教授のコメントが入って真っ赤になったファイルが返ってくるのには辟易しているが、あともう少しの辛抱だろう。  よし、今日はあともう少し進めて終えよう。    ……そう思ったのが、およそ三時間ほど前の話だ。現時点で、その「あともう少し」は訪れていないどころか、そこの段階からは一文字も書き進められていない。その理由は明白であった。 その理由を形成する人物は、わたしと同じく炬燵に足を突っ込んで、テレビから垂れ流される年末特番を観ながら「あひゃっひゃっひゃっひゃ!」という奇怪な笑い方をして、炬燵布団をばしばしと叩いている。  その存在の名は、柴崎沙友里(しばさきさゆり)。同じ大学の同じ学部に通う、わたしの同級生だ。
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