十年前

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 十年前の雪の夜だった。  裏通り、誰かの家の前に座って、ランスは暖をとるすべもなく縮こまっていた。  石段は容赦なく腰を冷やす。マッチが一本あったら、着こんだぼろに火をつけて、満足のいくまであたたまって死んでしまいたかった。  膝をかかえて、指先で靴をなでた。つまさきにあいた穴に指がひっかかる。朝、拾った靴だ。こんなにちっぽけな自分にさえ、天の父はこころをかけてくださる。しばらくぶりの靴をはいて、神に感謝をささげ、それが母の口癖だったことを思いだし、さみしくなった。  待降節の二週目に入り、教会はロウソクの灯りがまばゆいばかりだ。ふだんよりも恵んでもらいやすいかもしれない。行こうかと迷ううちに、靴に雪がふりかかる。手で払うと、雪の飛んだ先に女の子がいた。  黒に身をつつみ、人形のようにたたずむ彼女は、同い年に見えた。所在なげにむこうを見つめるようすについ、ランスもそちらを見遣った。  ガス灯の下を行列が通っている。闇にたくさんの沈鬱な表情が浮かびあがる。みんな、喪服姿だった。 『あなたは行かないの?』  かたわらで響いた声にふりむく。女の子が肩のふれそうなほどにまで近づいてきていた。 『誰のお葬式?』 『──フレッド。フレデリック=ネヴィル卿。領民はみな献花していいんですって』 『君は?』  たずねかえすと、女の子は皮肉げに笑った。 『行けるわけがないわ。フレッドの息子たちに見つかってしまうもの』 『でも、喪服を着てる』  膝元を見おろして、ああ、と納得したようだった。それから、ランスの服装をまじまじとたしかめる。 『あなたは、孤児?』  黙ってよそへ移ろうと思ったのを制し、女の子は毛皮のついた上等なケープを脱いだ。  黒いケープが肩をあたためていく。感謝のことばも口にしなかったのに、女の子は襟元のリボンをむすんでくれた。  ケープを外したら、自分が寒いだろうに。案じたランスに、ふたたび声がかけられた。 『よければ、雇ってあげる。お屋敷が手に入ったの。ひとりでは広すぎるし、人手が欲しかったところよ』  ひとり?  気にかかったが、うれしさのほうが勝っていた。
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