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「え……?」  くちもとに耳をよせる。今度ははっきりと響いた。 「おなかすいた」  思わずふきだす。目でとがめられて、詫びるかわりに、グラスのふちをくちびるにあててやる。においに惹かれたのだろう。エレインは自分からもグラスのボウルを両手でつかみよせた。くっと大きくかたむける。かげんが悪くて脇からあふれそうになるのを引きもどしてやる。んく、たよりない喉がグラスのなかみを求めて鳴る。  わずか三オンス。それだけの量を飲み干しただけで、顔色は見違えるほどよくなった。  雪原に朝日がさしたように、赤みが戻ってくる。くちびるを濡らすランスの血を残らず舌でぬぐいとって、エレインは物足りなさそうにした。お行儀悪くグラスのなかに舌をのばし、最後の一滴までなめつくそうとする。 「もっと飲みたいのなら、すぐにご用意します。直接でも、構いません」  あてていた布を剥ぎ、まだ血のにじむ傷口をみせると、腹がうずいたようだった。小さな手が手首をつかむ。  期待にはやるこころを押し隠してランスは無表情を装った。みずから、顔の近くに腕をさしだしてやる。  バラ色のくちびるがひらく。顎の先で切りそろえたプラチナブロンドが、子猫の毛のようにやわらかく腕をくすぐる。  興奮が背筋を駆けあがった。薄青の瞳は傷口からあふれかかっている暗赤色にばかりむけられている。尖った舌先がのぞく。八重歯がくちびるの端から見え隠れする。  いまにも傷口に吸いつこうとして、直前で、動きがとまった。ふせられていた白金の頭が離れていく。 「飲まないんですか?」  不満がにじんでしまった。エレインはつんとして、顔をそむける。 「肌からじかに飲むのなんて、気持ち悪い」  ──刺さった。  痛みをおぼえて、胸をおさえる。  気持ち悪い。こころのなかで繰りかえして、自滅する。 「脈をうつのよ、人間のからだって。口のまわりも汚れるし、第一、あなたは月にグラス一杯抜くのがいいところじゃない! ランスが倒れたら、いったい誰がわたしにドレスを着つけるの?」  ランスがエレインを見つめかえすと、沈黙が落ちた。 「何よ、なんとか言いなさい!」  とまどったようなかん高い声にうつむく。
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