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日葵は冷えきった床で踵を浮かして、跳ねるようにベッドへ潜り込んだ。布団もシーツも冷たくて、湯たんぽがなくてはとてもいられなかった。だけど、今さら戻ることは出来なかった。
廊下からトコトコと足音が聞こえてきた。悠太の足音だってすぐにわかった。それは懐かしさを感じるほど久しく聞いていなかった音。泣きながら日葵の布団に潜り込んでくるときの音だった。
泣いている原因はさまざまあった。昼寝から目覚めて日葵の姿がないから不安になったことだったり。泣きながら噛まれたって言うから何事かと思ったら、父と遊んでいたワニワニぱっくんだったり。ボールの空気入れを持って来て、隠してほしいって頼まれたことがあって。隠す相手は父で。父が勝手に使うことで、空気入れから空気が無くなってしまうと恐れていたからだった。
日葵はいつも笑ってしまうのを堪えて、暖かく布団の中へ迎え入れる。悠太は布団に入るとすぐに眠ってしまって、湯たんぽ以上に暖かかった。
「姉ちゃん」
ドアの外から聞こえてくる悠太の声。日葵は懐かしさを感じながらも、悠太は昔のように泣いてはいなかった。でもどこか切なくて、後ろめたいような声に聞こえた。
「何の用?」
「開けてよ」
「嫌だ」
「足冷たいよ」
「知らないよ」
「昔はあんなに優しかったのに」
「うるさいな。早く戻りなよ。邪魔」
「姉ちゃんが出てくるなら戻ってもいいよ」
「嫌だ」
「だったら、僕もここにいる」
「勝手にすれば」
「・・・姉ちゃん」
「何?」
「ケーキ嫌いだったの?」
「そうだよ。それが何?」
「実は僕も嫌いだったんだ」
突然の悠太の告白に思わず笑ってしまいそうになった。悠太は家族でもめ事があると、必ず間に入って取り持とうとするのだ。日葵はやっぱり来たかと身構えていたものの、いつものように突拍子もないことを言われて、心を開いてしまうのだった。
「だからドア開けてよ」
「関係ないじゃん」
「足が痛いよ」
「あっち行けばいいじゃん」
「ドア開けていい?」
「嫌だ」
日葵が断った途端にカチャって鍵が回る音がした。寒さに震えて頭まで布団にくるまっていた日葵。その中に勝手に潜り込んできた悠太。
「寒い~寒い~」
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