日葵

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布団の中はまだ冷たかった。湯たんぽ代わりだった悠太をもってしても温もりは足りなかった。悠太は背を向けて横たわる日葵の背中にピタリとくっついた。日葵の背中に暖かい風が広がる。悠太が口を覆うように手を添えて、暖かい息を吹きかけていた。昔からどうしても寒い時にお互いの背中にやり合うのが決まりだった。 「次は姉ちゃんの番だよ」 「あと十回やって」 「もうちゃんと足し算できるからね。騙されないよ」 日葵はいつも回数を追加して、おバカな悠太はちゃんと数えられないから、日葵の方がいつも得をしていた。 「姉ちゃんサッカー嫌い?」 「嫌い」 「僕が辞めたら嬉しい?」 日葵のはく息が止まった。両親の関心を悠太に奪われて、本気で辞めてほしいって願ったことはあった。直接言葉で伝えたことはなくても、今日のような態度をとればさすがに伝わっていた。それに悠太が傷ついているのはわかっていた。それでも勝手に嫉妬してしまう感情は消し去ることは出来なかった。 日葵は答えをあいまいにして、壁側に体を変えて、悠太に背中を向けた。悠太も体の向きを変えた。だけど、悠太から暖かい息はかからず、日葵の背中には悠太の額が押し当てられた。 「悠太の番だよ」 「うん」 「どうしたの?」 「僕、チームの中で一番下手くそなんだ」 悠太のその言葉は、練習が楽しいとか親に期待されるとか、悠太の全部が羨ましくって仕方がなかった日葵にとって、認識を改めさせるものだった。 悠太がサッカーを始めたのは幼稚園に入学した年だった。園内で活動するサッカースクールに仲の良い友達と入った。悠太は最初から一番上手だった。体は小さいのに、誰よりも遠くにボールは蹴れたし、リフティングも一番出来た。ドリブルをすれば、蟻のように群がる子供たちの間をスルスルとかわしていた。試合になればみんなが悠太をチームに取り合って、悠太にボールが集まった。 教室に泣いて現れる悠太とは思えないほど、サッカーの中では頼られていた。日葵が手を振っても、名前を呼んでもサッカーをしている時は没頭していて振り向くことはなかった。 小学校に上がって、地元のクラブチームに入っても悠太は一番だった。すぐに上の学年の試合に出るようになって、半年後には2学年上の試合にも出るようになった。3年生になるとマリノスのセレクションのチャンスを貰った。
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