日葵

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日葵(ひまり)が目を覚ました時には、父も弟の悠太も家を出ていた。 その日、暖房器具のない日葵の部屋は、陽も当たらないので、布団から出ると震えるほど寒かった。 床に足をつけるとスケートリンクみたいに冷たくって、日葵は赤ん坊にように四つん這いになって、たん笥から靴下を取り出した。 「寒いなぁ、もう」 日葵は文句を言いうような口ぶりでも、その顔は嬉しさがこぼれていた。今日は1月1日。日葵の12度目の誕生日だったからだ。 日葵が部屋を出るとサッカー中継の声が居間の方から聞こえきた。大嫌いなサッカーにうんざりしながら階段を下りて居間に入る。コタツの上にはみかんが入った赤いネットが破られていた。ゴミ箱にはきれいに剥かれた皮と細切れに剥かれたボロボロの皮があった。 「パパと悠太は?」 「映るかもよ」 日葵の問いかけに、台所でおせち料理作りにいそしむ母が、菜箸で楽しそうにテレビを指した。映っているのはサッカーの天皇杯決勝戦。 母にとって勝敗は関係ない。そもそもチームの区別もつかない。画面を見るのはゴールが決まった時だけ。それも選手を見るのではなくて、ゴール裏で観戦しているパパと悠太を見ていた。わざわざ火を止めて、画面の前まで小走りで駆け寄って父と悠太を探すのだった。その姿は、まるで悠太の未来の晴れ舞台でも見ているような顔をしていた。 そんなの去年までの母ならありえない。父がテレビをサッカーの試合にチャンネルを変えた瞬間に日葵へ耳打ちして、サッカーなんて見たくない、違う番組が見たいって言わせていた。 父も日葵には甘くって、口を尖がらせ名残惜しそうな顔でチャンネルを変えるのだった。母は勝った、勝ったと喜んで、日葵をぎゅっと抱きしめる。そんなやり取りが当たり前だった。 だけど、悠太がプロクラブの下部組織に合格したことで変わってしまった。父がサッカーの試合を見ていても母は日葵にささやくことがなくなった。日葵が気を引こうと自発的に文句を言ったら、止められた。 「我慢しなさい。悠太が見てるから」
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