日葵

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「中華街に行きたい」 日葵が母からお昼のリクエストを聞かれて答えた。母は自分で作るつもりでいた。そのメニューも即席らーめんか焼きそばでいいだろうと思っていた。おせち料理も掃除もしなければならない。明日は親戚の家に行かなければならない。年末でサボった分を今日で取り返さなくてはならなかった。 「ごめんね。それは無理だよ。ママが作ったもので勘弁してよ」 「中華街じゃなきゃ嫌だ」 日葵は妥協する気なんて一切なかった。自分の誕生日だっていうのに、父と出かけた悠太に嫉妬していた。悠太が父と外食をするのに、自分が家でご飯なんて納得いかなかった。 中華街に拘るのも理由があった。悠太のサッカーの練習場が横浜で、練習の度に母か父と何度も立ち寄っているのを知っていたからだ。行きたい店がある訳じゃないけど、悠太だけが行ったことが許せなかった 「今日と明日は我慢して。3日だったら日葵の願いを聞いてあげるから。お願い」 母は日葵の気持ちをちゃんと理解していた。だから、日葵がいくら駄々をこねても怒ることなく、優しく諭すように言った。それでいつもだったら日葵は我慢をしてくれた。だけど、今日は誕生日。ここまで堪えてきた感情が日葵の心からこぼれていった。 「だったら悠太のサッカー辞めさせてよ。どうせプロになんてなれっこないんだから」 母がコンロに火を点けた。冷蔵庫からキャベツともやし、豚肉と焼きそばの麺を取りだした。どうやらお昼のメニューが決まってしまったようだ。母がそれから口を開くことはなく、居間にはサッカーの音声と母の料理の音が響いていた。日葵はコタツに潜り込んで、顔だけ外に出した。じわじわと流れる涙をコタツの布団で何度も拭った。 夕方に差し掛かる頃、父と悠太が帰って来た。コタツの上には手つかずの焼きそばが残されていた。それは母に対する日葵の怒りの意思表示。日葵は猫のように丸まりながらコタツから一歩も出ていなかった。 出ているのは相変わらず顔だけ。悠太の足音が聞こえてきた。その弾むような足音が日葵の心を踏みつける。ドアが開いた。現れた悠太の手にはシスタージェニーの袋がぶら下がっていた。それは日葵が好きな子供向けブランド。
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