日葵

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先生は母の中学時代からの友人で、音大を卒業した美しい人だった。母はまるで自分のことのように、先生の学生時代を自慢する。先生は母の憧れだった。 日葵も同様に先生に憧れた。先生と同じ髪形にしたくて伸ばし始め、くせ毛だった髪にストレートパーマをせがんだ。先生に褒められたくて鍵盤を弾いて、褒められて振り向くと母の笑顔があった。レッスンは楽しかった。一度も怒られたことがなく、ただただ曲を覚えて、先生と母に弾くことしか考えていなかった。 だから、発表会なんてものがあることも知らなくて、そこで初めて他の子供の演奏を聞くことになった。みんなコンクールやプロを目指して演奏していた。その音は日葵の心を激しく揺さぶった。 自分の意志でピアノを選んで、周囲と凌ぎ合いながら上を目指す子の出す音。先生や母に褒められたいだけの自分の音が恥ずかしいことに気づいた。 舞台上で椅子に座った日葵は、鍵盤に手を添えることすら出来なかった。騒然とする客席。日葵は申し訳なくって母を見ることが出来ずに、舞台袖に駆け込んだ。 「大丈夫?」 薄暗い壁際で滲むように涙を流していた日葵に声を掛けたのは、純白のドレスを着た少女だった。背丈は日葵と同じくらいで、着ていたドレスも似ていた。 少女がレースのハンカチを差し出した。日葵が受け取った時に手が震えた。震えていたのは少女の方だった。それは出番が迫っていて、緊張からくる震え。日葵はこの子も自分と同じように、場違いなことに気づいて震えているのだと思った。 少女の名前が呼ばれて舞台へ出ていった。少女の出す音は日葵のそれとは違っていた。この子も強い意志を持って舞台に上がった側の人だった。 演奏を終えた少女が戻って来て、照明が途切れる舞台袖に入った瞬間に泣きだした。一人では立っていられないほどだった。そこへ先生が現れた。日葵は自分を慰めに来たのかと思った。
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