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「泣いてもミスは取り返せないのよ。帰ったらレッスン。何がダメだったかそれまでよく考えなさい」
その言葉は少女に対して投げかけたもの。少女は先生の生徒でもあった。日葵の知らない先生の本気の一面。少女が流した涙は悔し涙。日葵は自分が流した涙はなんだったのだろうかと思いながらも、答えへたどり着く前に空しくなってやめた。似たようなドレスを着ている自分が恥ずかしくってたまらなかった。
「先生。あの子は毎日どれくらい練習してるの?」
発表会後のレッスンで日葵が先生に尋ねた。少女のようになりたくて、先生を本気にさせたくて、自分と少女との距離を確かめたかった。
「レッスン時間を除いて平日は5時間。休みは10時間くらいよ」
日葵は平日を1時間、休みの日でも2時間をやればいい方だった。実質5倍の差があった。途方もないことだとしても、その時の日葵には強い意志が確かにあった。なのに、一日だってこなせなかった。
なぜ自分が出来ないのか疑問に思って、やろうとする意志はあるのに出来ない理由を探した。
ピアノの椅子に座ることがツラい。少女のように弾けないことが苦しい。人前で弾くだけの自信がない。
それらを克服するためには練習しかない。だけど、その練習が出来ないから悩んでいる。結局、悩みは振出しに戻って答えにたどり着かない。挫折ばかり繰り返しながら、母が納得してくれるような辞める理由ばかり考えるようになっていた頃に、悠太がサッカーを始めた。悠太は暇さえあればボールを蹴っていた。その姿は日葵の理想像だった。
「どうしてそんなに練習出来るの?」
「楽しいから」
悠太の純粋な答えは、日葵にとって絶望しかもたらさなかった。ピアノは母から与えられたもの。そこに日葵の意志はない。楽しさなんて始めから存在しない感情だった。
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