竜宮日記 第一章(1ページ~10ページ)

7/10
前へ
/39ページ
次へ
「まことにうわさに聞く天平の昔のような、平城京のような」 「天平の昔であるか。そなたから見れば、そう、古いように見えるであろうな」  ひときわ豪奢な、深紫の朝服をまとう若い女性が声をかける。同時に周囲の人たちが一斉にひざまずいて。砂介も腹を地面につけて平伏する。  しかし若さに合わぬ威厳。しかもその言葉遣いは、上から、まるで王侯貴族である。 「ああ、申し訳ありません。悪気は……」 「頭が高い。このお方をどなたと心得る」  平伏しながら誰かが言う。 「この竜宮城をお治めになる、乙姫さまなるぞ」 「……?」  通にはなんのことだかさっぱり理解できない。  海に落ちて、もはやこれまでかと観念したら。なぜかスナメリの背中におり。それにここまで運ばれて。  ここは竜宮城で、目の前の女性は乙姫さまであるという。  正気の沙汰ではない。狂気の沙汰である。 (私は悪い夢でも見ているのでしょうか) 「まるで夢を、それも悪い夢を見ているような顔をしておるな。しかし、これは夢ではなく、まことのことじゃ。気をしっかり持て」  通の気持ちを見透かしたように、その威厳ある言葉遣いとは裏腹に、乙姫さまなる女性は微笑みながら言う。  その微笑みは初春のような、ほっとするような慈悲深さをたたえて。恐慌をきたし、叫びそうなのを堪える通の心にそっと触れる。 「はあ」  足から力が抜けて、思わずへたり込みそうになり。そばの女性が慌てて駆け寄り手を差し伸べて支える。 「これはいけません。私の背中にどうぞ」  スナメリの砂介は近くに来て、腹を地につけ背に乗るよううながす。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加