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「まことにうわさに聞く天平の昔のような、平城京のような」
「天平の昔であるか。そなたから見れば、そう、古いように見えるであろうな」
ひときわ豪奢な、深紫の朝服をまとう若い女性が声をかける。同時に周囲の人たちが一斉にひざまずいて。砂介も腹を地面につけて平伏する。
しかし若さに合わぬ威厳。しかもその言葉遣いは、上から、まるで王侯貴族である。
「ああ、申し訳ありません。悪気は……」
「頭が高い。このお方をどなたと心得る」
平伏しながら誰かが言う。
「この竜宮城をお治めになる、乙姫さまなるぞ」
「……?」
通にはなんのことだかさっぱり理解できない。
海に落ちて、もはやこれまでかと観念したら。なぜかスナメリの背中におり。それにここまで運ばれて。
ここは竜宮城で、目の前の女性は乙姫さまであるという。
正気の沙汰ではない。狂気の沙汰である。
(私は悪い夢でも見ているのでしょうか)
「まるで夢を、それも悪い夢を見ているような顔をしておるな。しかし、これは夢ではなく、まことのことじゃ。気をしっかり持て」
通の気持ちを見透かしたように、その威厳ある言葉遣いとは裏腹に、乙姫さまなる女性は微笑みながら言う。
その微笑みは初春のような、ほっとするような慈悲深さをたたえて。恐慌をきたし、叫びそうなのを堪える通の心にそっと触れる。
「はあ」
足から力が抜けて、思わずへたり込みそうになり。そばの女性が慌てて駆け寄り手を差し伸べて支える。
「これはいけません。私の背中にどうぞ」
スナメリの砂介は近くに来て、腹を地につけ背に乗るよううながす。
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