近くて、遠い。

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「あっちゃーん、夕飯食べてくでしょ? おでん」 「あ、はーい、いただきます」 台所の奥から母が声をかけ、篤志は嬉しそうに答えた。 「温かい家庭料理ってやっぱ、いいよねえ。ロケ弁とかケータリングとか、おいしいのも多いけど、あんまり続くと普通の手料理が恋しくなるんだよね」 「そう……」 外食が続くと、たまに、素朴なお総菜が食べたくなったりはする。 そういう感覚だろうか? 「ロケ弁て、どんなの? 芸能人向けだから、やっぱり豪華なの?」 「普通の仕出し弁当だよ。シャケ弁とか。特別なのを注文する人もいるけど、大物でないとなかなかそういうのはね」 「あんたは大物じゃないの?」 「違うよぉ、まだ駆け出し」 ちょっと眉を八の字にして笑う。 この表情は子供のころの彼を思い出させるけれど、手料理、という言葉に私は引っかかった。 少し前に、昼のワイドショーで「遠藤篤志、あの人気女優と交際?!」と取り沙汰され、事務所から「お友達としてのお付き合いです」というテンプレ的なファクス文書が公開されていたからだ。 絶対嘘だ、と裏読みする程度には大人だが、同時に、そうであって欲しいと願う気持ちが皆無だったとは言い切れない。 バカげたことだが。 「――彼女は料理、得意なの?」 なるべく恬淡とした調子で訊いた。 なんでそんなこと訊くかな、と心の中でもう一人の自分が突っ込むのを無視する。 「えっ……」 篤志は、絶句して黙ってしまった。 ほら、訊かなければよかったのに、と後悔する。 気まずい沈黙の中、にゃーん、と小さく鳴いたロミオがミカンに手を触れようとしたので、「こらこら、だーめ」と篤志が抱き上げた。 ロミオはおとなしく抱えられ、彼の膝で丸くなった。 「この子、他人にはだいたい無愛想なんだけど、篤志には猫かぶるのよね」 「猫が猫かぶるんだ?」 篤志はロミオを撫でながら、「俺は他人じゃないってことでいいのかなー?」と顔を覗き込む。 ロミオは特に返事はしない。耳をぴくっと動かし、そのまま目を閉じた。 確かに、家にきて食事も一緒にしていくことがあるのだから他人とは言いがたいし、こたつは他人と一緒に囲む距離感の家具ではない。 会社の会議は、こたつでは行わないだろう。 けれど、幼なじみ、と呼ぶにはブランクがあって、私は距離を測りかねている。
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