近くて、遠い。

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「曜子、そろそろ買い物行ってよ」 暖簾をくぐって母が顔を出す。 はいはい、とこたつから立ち上がると、篤志が「俺も行くよ」と言う。 「いいよ、ロミオが寝てるし」 「でも、ご馳走になるんだからなんか手伝わないと」 こういうところは、昔と変わらないなと思う。 思わず口を綻ばせそうになったけれど、今の彼は昔の彼ではない、と思い直す。 「あのさ、見られたらまずいんじゃないの? 私と一緒にいて」 なるべく軽い口調で言ったつもりだが、篤志は真面目な顔になり「そんなこと……いや、そうか。そうだね」と弱く頷いた。 「ロミオ、見てて」 「うん、わかった。行ってらっしゃい」 遠藤篤志が、こたつから手を振った。 篤志とは、幼稚園と小学校が一緒だった。 当時からどちらかというとおとなしい男の子で、私の遊びにもちゃんと付き合ってくれた。 あっちゃん、と、そのころは呼んでいた。 ヨコちゃん、と彼には呼ばれていた。 だが、中学に上がると異性の友達というのがなんとなく気恥ずかしくなり、疎遠になった。 いかにも思春期だったと思う。 彼も同じだったろう。 そして、高校に入る前に、彼の家族は仕事の都合で引っ越した。 母親同士は年賀状のやりとりだけは続いていて、篤志が劇団に入って役者をやっているということは知った。 そんな、食えるかどうかわからない仕事について大丈夫なのかな、とそのときは思ったものだ。 数年後、テレビの画面で彼を見るまでは。 初めは半信半疑だった。 あの「あっちゃん」と、画面の端正な青年が今ひとつ結びつかなかった。 顔立ちは悪くはなかったけれど、クラスの人気者という立ち位置ではなかったし、私自身、浮き足立つような恋愛感情の対象だと思ったことはなかったからだ。 しかし、雑誌にもドラマにもその顔を見るようになったころ、突然彼は目の前に現れた。 「ご無沙汰してます、篤志です」 画面の中そのままの笑顔で、玄関先にいた。 自分だけ、近くに引っ越してきたのだと言った。 記憶の中の「あっちゃん」が「イケメン俳優の遠藤篤志」であることが、いまだに私にはぴんとこない。 日常に出現した非日常、マグリットの絵のようなちぐはぐさ。 曜子、と呼ばれると、どきりとする。 それは、非日常の領域だ、と私には感じられた。
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