◆三人称の視点・・・

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しかし、秀雄は例のちょっとした秘密を見つけ出してからというもの、頻繁に進也を誘うようになっていた。 「シンちゃん、今日は飲みに行かへんか。」 誘っている顔がすでにニヤけているので、その後のお楽しみまで含んだ話をしていることがすでに予想される勧誘だ。 その日は木曜日だった。前回の飲み会は金曜日だったこともあり、秀雄も進也を例の店に引っ張り出せる曜日を探っているのかもしれない。 「ごめんやけど、離婚の書類に目を通しとかなアカンて弁護士から連絡があってな、今日は勘弁して欲しいねん。」 「おお、もうそんなタイミングになってんのか。それやったらシャアないな。ほんなら飲み会は来週にしよか。それまでに片付けときや。」 秀雄は飲み会の交渉に粘ったりはしない。誰もいなけりゃいないで、一人でも飲みに行くタイプだから、全く持って苦労しない。 また、進也の手元に弁護士から書類が届いているのも事実だった。彼はまもなく調印される離婚調停に対して、いくつかの条件を受け入れる必要があった。しかし、その条件も後に裁判沙汰になるほどの事でもなく、進也は素直に受け入れる方針を固めている。 但し、今夜の飲み会について行かない進也の本音は少し違っていた。第一に今夜はミホが出勤する日でないこと、第二に『エロナイ』へ行くための小遣いをムダに消費したくないこと、第三に秀雄のペースに巻き込まれたくないことなどがその理由である。 これまでに二度のデートを終えて、ミホとは少し身近になれたかな。そんな思いの中、そんな事情については、秀雄にはあまり知られたくないのが本音である。 進也は学生時代にさほどモテた訳ではないが、高校時代から何人かの女の子との付き合いはあった。そんなに初心な男でもない。どちらかというと女たらしに近い方である。 現在離婚調停中の妻も学生時代から付き合っていた彼女であった。六年もの交際の後に結婚したのだが、子供ができてから妻の様子も進也の関わり方も変わってしまった。世の中の多くの夫婦がそうであるように。 つまりは、こんな店に来ても女の子と仲良くなることは造作ない。会話だってどちらかと言うと得意な方かも。だからと言ってジゴロを気取って女の子にムチャをする気はない。昔からいつも振られるのは進也の方だった。
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