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………その後も『西九条の試合』は留まるところを知らず、この世の酸素が無くなるまで口が止まることはないのではないかと思うくらいに徹底的に、彼女は解説を続けた。
俺も香櫨園もそれをかなり楽しそうに聞くので、西九条自身もかなり気を良くしたらしい。結局、そのまま試合が3対0、件のピッチャーの一安打完封で終わりを告げるまでその話は続いた。気がつけば時計は12の文字を二周半、時間にして午後9時30に差し掛かろうとしていた。
「楽しい時間は過ぎるのが早いな、諸君。
だが、条例で定められた帰宅時間まで残すところ30分だ。そろそろ帰るとしよう。」
平気で刃物振り回したり、生徒に酒を勧めたりするくせに教師らしい事を言う香櫨園。
どの口で、と突っ込みたくなるのを必死で堪えて、俺は「そうですねぇ……」と名残惜しくも相槌を打つ。喋り疲れたらしい西九条は、無言で席を立った。
と、そこへ来訪者がひとり。
鳴尾商店街野球部のユニフォームに、キャッチャー用のレガースを着けたままの、小柄で髭もじゃの中年オヤジが勇ましい笑みを浮かべて近づいてくる。
明らかにこちらに用事がある風で、しかし知り合いであるわけもなく、俺も西九条もたじろぐ。
その時、何を思ったか俺も自分でわからないが、なんとなく西九条を隠すように前へ出たが、
彼女は余計なお世話だとばかり俺を押し退けてさらに前へと躍り出ていった。
「香櫨園、どうや。面白かったやろ?」
髭もじゃの男は、俺たちではなく、香櫨園にそう声をかけた。
香櫨園は丁寧に頭を下げたあとで、
「さすがのリードでした、監督。」
と返事をする。
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