二番 セカンド 始動

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監督?どこのだ?と俺も西九条も顔を見合わせる。推察するまでもなく、この髭もじゃのオッサンはさっき相手打線を完璧に押さえ込んだバッテリーのキャッチャーの方だろう。滴る汗とレガースがそれを示している。 選手兼監督、という線がなくはない。というか、それだろうか、などと思っていたところ、香櫨園がこっちを見てこんなことを言った。 「二人とも。紹介しよう。 我が土井垣学園野球部の監督、武庫川 裕(むこがわ ひろし)先生だ。今日あたしたちを招いてくれたのは、この人だ。」 紹介に応じて、髭もじゃのオッサンはニカッと歯を見せて快活に笑う。西九条が微かに「えっ」と声をあげる。俺は……とっさよことに「お、お晩です!」と何故か鹿児島弁で挨拶するのが限界だった。 「監督、この二人が野球観戦部の部員です。」 「だあっはっは!よー来たのー、ええ?やっぱり野球は観客おらなんだら盛り上がらんさかいな、大歓迎っちゅうやつやわ! どや?面白かったか?」 おおよそ監督臭ゼロのオッサン、武庫川。だが、さっきまで西九条による『いかにキャッチャーのリードが凄いか』を延々一時間近く聞かされていた俺に、その人物の言っていることの真偽を疑う心は、存在しなかった。 むしろ、なるほどな、という納得の心すら生まれる。 「とても興味深く見させていただきました。ポイントを絞った配球術、若輩者の私が言うのも烏滸がましいでしょうが、お見事でした。」 およそ魚屋の娘とは思えない上品な言葉づかい。そのあと「あのカットボールはプロでも通用するレベルだと思います」と月並みな事を言った俺に関しては首をくくりたくなる。 しかし意外にも、武庫川が食いついてきたのは俺の返事だった。 「そう思うか?」
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