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彼女は………少し膨れっ面であるように見えた。無視されたのが腹立たしいというよりは、話したいことがあるのに話せない、というフラストレーションであるように見てとれた。
「あいつなぁ………高校の頃ならドラフトかかるかなぁと思ったんやけどもな。残念ながら、チーム自体が予選敗退で目立たんかったさかい………」
「大学ではどうだったんですか?」
食らいついたのは西九条。武庫川「おおビックリした!」とわざとらしく飛び退いて見せたあと、彼女から何の反応もないことに苦虫を噛んだような顔をして、
「顧問と折り合い悪うて試合出れんかったらしいわ。不運なやつ………」
と呟くようにそう言った。西九条もさすがに黙るしかないようだった。
自然と重くなる空気。元凶と言えなくない武庫川はその責任を感じたか「あれか、君は、部長さんの女の子やな」と明るく声をかけた。
西九条が「はい」と答えると、武庫川は「あのピッチャーが気になるんか」と尋ねる。西九条は、
「私の中の感覚では、カットボールに関しては本気でプロのレベルだと感じました。
滅多に間近で見れるものではありません。当然興味はあります。」
とやや食い気味に答えた。
すると武庫川はニヤリと笑い、後ろを振り返ると「おう、野田ァ!」と叫んだ。野田らしい人影が「ハァイ!」といういかにも体育会系な返事と共に現れたのはその直後のことで、それは紛れもなくさっきのカットボーラーだった。
西九条の目がほんのりと輝く。オヤジを語るときと同じ、凄い野球選手を前にして高揚している様だった。
さて、武庫川のオッサンは一体野田さんを呼んで何をするつもりなのか。話でも聞かせてくれるのかな、と思ったところ。
武庫川は、俺も、恐らく西九条も予想だにしなかったことを口にした。
「野田、この子らにカットボール見せてやれ。」
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