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………だが。
だが、これでも九年間、確かに野球に打ち込んできた身だ。プロ級が相手とて、打ち返してみたい、ヒットを打ちたいという気持ちはある。
素人………かどうかは正直微妙だが西九条だって、勇敢に立ち向かっていったというのに、俺がここで消極的になれた訳があるか。
高レベルのピッチャーと対戦できる滅多にないチャンス。相手は九回を投げきったあとで疲れていて、しかも球種はカットボール一択。
攻める場面でも無いだろうし、内にえぐり込んでくることもあるまい。
ならば、可能性はある。わずかでも、前に飛ぶ可能性は、必ず。
「お願いします!」
ヘルメットに手を当て、一礼。ピッチャーの返礼を受けてバットを構える。短めに持って、テイクバックを小さく取って。イメージは外角から内に入ってくるカットボール、それを流しでちょこんと当てて三遊間を狙うイメージ。
大丈夫、行ける。俺のスイングスピードなら、
この球速でも力負けしないーーーー
ズドン。
内角一杯135キロストレート。
ーーーーえ?あれ?もしもし?
「………ちょっと!」
「はい?」
「話違うくないですか!?」
俺は心の限り叫んだ。マジ、お小水をチビりあそばすかと思った。イメージ通りに動いた体は、足半個分内側へ踏み込んだのである。
当然クロスファイアー気味に伸びてきたストレートと体の距離は近くなる。というか、とっさに避けたがそれがなければ普通に当たってた。
「何が?」
野田、と呼ばれていたピッチャーはとぼけてそう言った。俺はすかさず、
「いや、カットボールでしょう?カットファストボールを見せてくれるんじゃないんですか?」
と叫びかえした。すると、向こうの方………西九条が立っているはずの方角から、聞き覚えのある高笑いが聞こえた。
香櫨園だった。腹を抱えて転げ回っている。まさかとは思うが……
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