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◇
春から大学生となる俺は、実家を出て一人暮らしをする事となった。
今日はいよいよ新居へと引っ越しをする。
「大丈夫、冬樹? 忘れ物はないかしら?」
引っ越し屋が来るまでに、母さんは何度となく俺にそう聞いて来た。
「だから大丈夫だって。もし何かあったら後で送ってくれればいいから」
「嫌よ。送料が勿体ないわ」
……出た。それが本音かよ。
『勿体ない』は、うちの母さんの口癖だ。
「あ、そうそう冬樹、これだけは忘れずにちゃんと持っていってね。まだまだ冬は長いから」
そう言って母さんが出してきたのは、昔からうちにある古いこたつだ。
一人暮らしには丁度いいサイズではあるが、如何せん古い。
「あのさあ、こたつくらい新調させてくれよ」
「何言ってるのよ、勿体ない。何よりこの子はツイてるこたつなのよ?」
我が母ながら、この人は一体何を言っているのだろうと思う。
「ツイてるって……何がツイてるんだよ?」
「だからツイてるのよ、色々とね」
色々って何?
具体的に言ってもらわないと分からないじゃないか――
などと、俺は言わない。
うちの母親が、叩いても響かない不思議系天然ボケである事を、息子の俺はよく知っているからだ。
「ま、取り敢えずは寒さを凌げればよしとするか」
そんな謎を残したまま、俺はそのこたつを荷物の山の中へと加えた。
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