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ブルン、ブルルン……。
エンジン音が回復し、船がゆっくり進み始める。
橋を抜け、薄明かりが見えてきた。
キュルキュルキュルと屋根が上がる。
空は薄墨を引いたようで、それ以上、明るくはならなかった。
目を凝らすと、一面の沼で、橋も城下町も消えていた。
「ここは?」
ピチャン
水音がした。
水中から何かが飛び出して船の縁にへばり付いた。
ぺタ……。
魚かな?
ぺタッ、ペタッ。
手だ。
水かきの付いた手が何本も何本も水から這い出ては、船に手を掛ける。
「ひぃっ!」
尻餅を着いた時、船頭の作務衣の下に大きな甲羅が見えた。
頭の天辺はツルツルの皿で、鋭い目と尖ったクチバシでこちらを睨んでいる。
「うわあ、り、リリアちゃん、起きてっ」
倒れているリリアちゃんを激しく揺する。
「リリアちゃん、大変だ、河童が……」
「何のこと?」
ゆっくり起き上がった彼女は長い髪を払った。
目も鼻も口も無いリリアちゃんの顔が赤いコートからヌッと出ている。
顔が無いのに笑っている。
リリアちゃんとイケボの笑い声がシンクロして脳天に響く。
「やめろ、やめてくれ」
全身から冷たい汗が吹き出し、総ての音と光が消えた。
いつの間に埠頭へ戻ったのだろう?
船には誰もいない。
甲板に河童野郎の三つ揃いが残されていた。
僕はまだボウッとする頭で船首に移動し、身なりを整えた。
若いカップルが乗って来る。
「貸切でお願いします」
男の方が言った。
女は、いそいそとこたつに足を入れる。
長い髪にくっきり二重の大きな瞳。
可愛い……好みだ。
自然と頬が緩む。
僕は笠を軽く持ち上げこう言った。
「こたつ船へようこそ」
了
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