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その言葉に少女は酷く動揺してか、自らの口元に手を宛がう。そうして、顔を無意識の内に俯かせていた。
『少し見てくるよ!君は危ないから早く家に帰った方が良い。じゃあね……』
慌ただしく階下を降る、青年の背を見つめて彼女は彼には見えないように目から涙を流した。この人ももう直ぐ、そう呟きかけた少女は無情にも人形の様に動こうとはしない、瞬きさえ忘れて彼女は何処か悲壮な顔を浮かべ出したのだ。
天候観察人の一員なのだろうか、可哀想にまだ若いと言うのに、もうじきにあの光景がフラッシュバックする。気持ちが晴れやかになる、こんな晴天の境に、まさかあんな事が起ころうとは誰が予想出来ただろう。
「来世では、幸せだと良いわね……」
彼女は不敵な笑みを向けた、そして間も無くして丘へと飛来した雷(いかづち)は階下を降る途中だった青年へと降り注ぐ。せつりに尖った刃の如く、其れはおぞましい程の唐突な出来事だった、雷が身体に直撃して尚も彼は見開く眼を天にただ向け遣っている。
顔面が硬直したままに、青年はスローモーションの様に階段から転がり落ちて行く。軈て変わり果てた人間だった物、其の身体に黒煙が立ち込め始め、少女は目を伏せながら泣いていた。そして鼻を突く異臭に思わず吐き気を催す、だが見慣れたせいか直ぐに具合は良くなった。
「スケッチブックね、これは。描き掛けた絵かしら……」
冷静着目と、彼女は青年が大事に抱えていた物の頁を捲る。そこには、沢山の学生達と彼本人が描かれていた。写生画の様に思えるが、全て鉛筆でモノクロのみで再現されているようだ。色の無い、そして焼け焦げた紙は手で触れただけで風に舞い散ってしまった。
ビュウウッ
吹き荒れた旋風が、散々になった一枚の絵を塵状になる程に粉々に砕いて行く。呆気の無いものだ、少女はそう思いつつも辛うじて焼けきれていないスケッチブックを両手に抱き締める。その行動の意味を示すのは、後に鍵となる人工物(アーティファクト)を生成する為だった。
「我が魔女の名の元に、その記憶を具現化せよ。物に宿りし想いを生成する、汝はリーヴェ、アルカディア。人工物に託されし言霊よ応えよ」
少女はそう詠唱すると同時に、手を焦げた人工物に翳す、途端に彼女の身体は淡い蒼の光に包まれた。後に、少女の居た形跡は此の世から消え去ってしまう。
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