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――賑やかな、沢山の笑い声が聴こえた。少女は辿り着いた世界で重く閉ざしていた瞼を開ける、同時に空腹感が押し寄せた感覚にまだ慣れないのか彼女は訝しげに顔をしかめた。そして、漂う美味しそうな香りが鼻孔を擽っていたのだ、知識にある中で一番最初に少女の目に飛び込んできたのは屋台と言うお店だった。
「此所が、宵月戸頃詩(よいづきところし)学園。平和なものね……」
フッと、鼻で笑う少女は周りに列を成した人混みの中を掻き分けて目標の人物を探す。と、案外簡単に見付かった。その人の名は紫都西瑠璃だ、彼は呑気にも行き交う生徒達に挨拶をしている、生徒会長でもあるルックスの良さげな青年だった。
「紫都西瑠璃、漸く見付けたわ。おはよう、あなたの担任について話を訊かせてくれないかしら?」
「……どうして、僕の名前を知ってるんだ?それに、担任なら此所には居ないよ。羽柱先生はご覧の有り様だけど、学園祭で、倉庫から催しものの準備をしてるんだ」
「そう、体育館の方ね?どうも、ありがとう。それと、私の名前だけど、璃里よ。転校初日が学園祭だから一応先生に挨拶をしたくて訊ねたの」
疑われないよう、細心の注意を払う。そのつもりで言った言葉は、返って余計だったのかも知れない。何故なら其れは、忘れていた彼の性格にあるのだから。どんな風に接したら良いかなんて、余り知らないばかりにこれだけは誤算だったと彼女は心中では後悔していた。外面だけは、満面とした笑みを浮かべているのに。
「転校生か、だったら僕が先生の所まで案内するよ。遠慮しないで、ほら。迷子にならないようにね?」
「も、申し訳無いわよ。生徒会長なんでしょ。それに、係りの人が居なきゃ誰が学園祭を案内するの?」
何とか言いくるめて、少女は単独で行動が取れるよう見計らった、すると瑠璃はその言葉に思わず頷いてみせる。そして暫く間を開けた後に阿呆みたい口をぽかーんと開けて、後ろに置いてあるパンフレットを見遣った。そこには、白地に印刷した黒字が生徒会長案内人と書かれていたのが見えた。
天然なのか否か、彼は苦笑して一言呟く。ごめん、案内人が居なきゃ駄目だよねと、言って瑠璃は別の学園から訪れた学生達に丁寧に挨拶を返して行く。その機会を窺いつつ、少女は脱兎のように体育館の方へと駆け抜けた。
迷惑極まりない、しかし何とか場を切り抜けた彼女は安堵の息を吐く。
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