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瑠璃がお節介な事を忘れていた、そのことに対して少女は一人木陰で溜め息を漏らす。疑念を抱かせないよう、何とか切り抜けたは良いものの、肝心のあの男は見当たらない。羽柱巧、これが唯一この世界での彼女の脳裏を過る記憶にある名前だ。
「広い校舎、それに、グラウンドはかなりのものね。倉庫なんて本当にあるのかしら?」
周囲を一度見渡して、少女は賑わう屋台の方へ視線を向ける、其所には沢山の笑い声と威勢の良い掛け声が響き渡っていた。まるで昼間のお祭りの様に、嬉々とした人達、そして行き交う彼等はとても生き生きとして見えた。
祭り、その言葉を彼女自身気付かないままに呟く。先程から空腹を告げる音がなっていた事を思い出し、少女は何か食べる物を探そうと少しばかり目的を変更した。やはり、空腹には勝るもの等無い、肩に掛けていたショルダーバックから手頃な四角い財布を取り出す。
「何か、食べようかしら。お腹が空いたわ、すみません。その焼きそば下さい」
『二百円になります。ありがとうございましたー!』
久々に食事をした、懐かしいソースの香りとピリッとした辛味のあるスパイスが効いた口当たりの良い蕎麦が食欲をそそる。自然と少女の顔は綻び、気付けば焼きそばを平らげていた。美味しい、その言葉を言って彼女は笑顔を浮かべ出す。
脱線した目的、だが。こんなにも楽しい事を少女は経験した覚が無く、又、人々の暖かみにさえ触れた記憶が無かったのだ。冷めてしまったご飯は味気無い、それと同様に彼女の見てきた世界の存在達は冷酷な人間ばかりだった。
だからこそ、今度はと、少女は一人の人間を救おうとしているのかも知れない。冷酷な魂だけの溢れた世なんて、ただ虚しいだけだから、彼女は自らの使命を果たそうと一旦空腹を満たす事で思考を整理しようとしていたのだ。
「羽柱巧、先生は、何処かしら。可笑しいわね、倉庫なんて見当たらな……」
『おーい、君達も手伝ってくれよ。僕だけじゃ、こんな大荷物運べないって!』
「はっ?なんで俺等が手伝うんだよ。先生、力弱いんじゃねー」
「あははははっ!それ有り得るよね。それよりさ、向こうでライヴ見に行こうよ。こんなひ弱なんて、放って置いてさ」
居た、だけどお取り込み中の様だ。何だが邪険にされている彼、見ていて少し可哀想に思えるが、干渉するのは赦されない。そう自分に言い利かせ、結局少女は諦める。
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