序章 第一話 君に継ぐこの願いを。

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可哀想に、幾らそう想おうとも、周りの人間達は皆見て視ぬ振りをするのだ。関わればろくな結果にならないと言う事を、彼等はよく知っている、人は誰しもが一度は経験するであろう幼少期。そんな子供の頃に見て来た光景、其が全て今の自分自身を作り上げているのだから。 案の定、彼等は劣等なる学生達を無視し、みんなが知らん顔をして早々と立ち退いて行ってしまう。少女はそんな正常な人間を遠目に見遣り、羽柱巧の元へと居ても立っても居られずに駆け寄った。彼女は自分でもよく分からない感情に、無意識の内に突き動かされていたのかも知れない。 「あなたは何も言い返さないの?」 が、少女の口から放たれた言葉は、余りにも無機質で冷酷な声だった。冷静着目としたままに、彼女は目の前に立ち尽くす彼をまるで一瞥するような眼差しで見つめた。そんな異様なまでの存在を前に羽柱巧は狼狽える、そして見覚えも無かった彼女を不審に思った。 『っ、見ず知らずの他人に、なんでそんな事を言われなきゃいけないんだ!』 腹がたったのか、彼は少女に明らかな敵対心を剥き出しにそう食って掛かる。しかし、彼女は無愛想にも鼻で笑う、無様だとでも言いたいのだろうか。全く心が読めない、否。心中を悟らせようとはしない少女に巧は言い知れぬ恐怖を抱く、軈て彼女は首を傾けて口を開いた。 「愚かよね、弱いからと言って。強者の振りを続ける人間って、本当は弱者だから強い振りをする。それが人と言う存在……」 その声音は、凜としてはいるも、一切表情を崩さない顔で彼女は平然としている。何故人間身を感じさせない風格を漂わせているのか、まさか自分にしか見えていないのだろう、羽柱巧はそう必死に思考を追い付かせようとした。 闇色の髪は、吹く風に靡く。美しいその容貌とは真逆に、凍てつかせるような眼差しが彼に向けられている。アッシュブラウン色の双眸が、鋭く羽柱巧を捉えていたのだ。そんな光景を前に恐怖する最中、彼女はとどめを刺すような言い方である事を囁く。 「あなたは、このままだと死ぬ。いいえ、正確には自ら死を選ぶ事になる。嫌なら私の指示に従いなさい、抗いたいなら、ね……」 『し、死ぬ?僕が。どうし、て……』 少女はその問には答えなかった、そして不敵な笑みを浮かべて手を差し伸べる。沈黙としたままに、彼女は無慈悲にも初めて優しさを見せたのかも知れない。
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