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「行かないったら、行かない!」
私は固く目を閉じた。
生臭い息遣いが顔の周辺に纏わりつく。
「行こう行こう」
「……っ!」
「行こう行こうってば」
「嫌だ! 絶対に嫌だ!」
二の腕を掴まれ揺らされるけど、どこかに連れて行かれる感じではない。
多分根負けして一歩でも足を踏み出してしまったら終わる。
「吾は待つよ。ここでいつまでも」
「お前捨てられたんだろう」
「もうこの世に未練なんてないだろう?」
未練? ありまくる!
私は死ぬにしても連れて行かれるにしても、どうしてももう一度逢いたい。
「玉彦……玉彦。私、ここに居る。ここに居るよ!」
引き絞った私の叫びは果たして届いていたのか。
偶々だったのか。
不穏な雰囲気の荒魂を追っていただけなのか。
神社の社を背にしていた私には、それが真上から降り注いでいる様にしか見えなかった。
山側から伸びる幾多の白い手。
玉彦を守るという、山神様のお力。
その白い手は有無を言わさずに『私』を摘み上げると、再び山へと帰っていく。
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