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「人間は、男か女かの二つだけじゃないってことさ」 「そういう悩みで死んだのか、この中の一人は」 「そんなところだ」 「あとのふたりは」 「それぞれ違うさ。俺の眼から見れば、似たりよったりだがね。人間の悩みというのは」 「…何も覚えていない。自分がなにものだったのか」 「けっこうじゃないか、死ぬほどの悩みをすっぱり忘れられたんだ」 「じゃあ、なんで自分はここにいるのか」 「成仏できないのかって?」 「待った」 「なんだ」 「とにかく、顔と名前をくれ」 「あそこに転がっているうちの三人からかい」 「そうだ」 「違うかもしれないぜ」 「いいから」 「まあ、俺も相手に名前も顔もないのでは、話もしにくいけれどね」 福の神?の傍らに初めて若い、高校生くらいの男の顔と体が宙に浮いた姿で現れる。  床に転がっている恐ろしい形相の死に顔そのままの表情。 「なんだ、これは。もう少し普通の顔にならないのか」 「わかったよ」  生前の普通の、しかしおびえたような表情になる。  福の神がくっくっくと含み笑いする。 「何がおかしい」 「死ぬと鏡がなくても自分の顔がわかるんだな」 「…なぜだ」 「どっちにしても、目があって見ているわけじゃないからな」  一段とにやにやしている福の神。 「俺の名前は」     
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