キャットウォーク ー 変わりゆく中で

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 「わしは今日から人間の家で飼われることになった。先日話した通り、わしは轢かれそうになっていたところを人間に救われた。だが、わしを助けた人間は死んだ。そして今の飼い主はその恩人の女だ。わしは救われた恩を返さねばならん。(みな)にも様々な意見があるだろうが今は目を瞑ってくれ」  目配せをしながら語るクロさんの声は静かだが重い。この圧力の前で僕は口を出す勇気はないだろう。猫たちもどうしたものかと互いに視線を交わしている。すると皆を代表してかグレーのシャム猫がクロさんに尋ねてきた。  「ボスはもうここには来ないということですか」  不安そうな声はかすかに震えている。  「その心配はいらん。飼い主は比較的自由にわしを行動させてくれる。いつものように顔を出すことは出来んが、ここには定期的に訪れる」  安堵の声が端々から聞こえてくる。大した猫徳(じんとく)だ。  「そこで(みな)に頼みがある。わしの飼い主を見守り、その近況を報告して欲しい。無理にとは言わん。人間に恨みを持つ者もいるだろう。しかし、そういった考えを持つ者にこそ彼女の姿を見て欲しい。人間を悪だと決めつけずに、彼女のことを見て視野を広げてくれ」  場は静まり返り、クロさんが木箱から地面へと飛び降りて話は終わった。しかし皆、思うことがあるのだろう。視線はこちらに釘付けになっている。クロさんはその視線を意に介さず、近くにいた三毛猫を呼び寄せた。  「例のモノだが隠しておいてもらえないか」  「しかし、ここに隠せるところはありません」  三毛猫はたじろぎながら申し訳なさそうに言う。  「ここじゃなくていい。お前のお気に入りの場所でいい」  「それでしたらお安い御用です」  憑き物が落ちたかのような顔をすると、早速(はやばや)と三毛猫は駆けていった。僕は以前から気になっていたことをクロさんに尋ねる。  「例のモノってなんですか」  「お前さんの荷物だ」  僕は驚いた。まさか自分の荷物が猫によって丁重に扱われているなんて思いもしない。その回答を聞いた僕には一つ気になることが浮かんだ。  「その荷物の中に青い紙袋ってありましたか」  「報告ではあると言っていたな」  僕はホッと胸を撫で下ろした。青い紙袋の中には加奈へのプレゼントが入っているのだ。この状況では渡すことはできないが、失くなっていなかったのは嬉しい。  「人間は紙袋が好きなのか。初耳だ」  「違いますよ。大事なのはその紙袋の中身の方です」  クロさんが怪訝そうに首を傾ける。  「紙袋の中にはなにも入ってなかったらしいぞ」  天から地へと真っ逆さまだ。僕は驚きの展開に唖然とした。
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