雪は羊の群れとなりて

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One sheep, two sheep... sheep sheep sleep sheep sleep sleep sheep sleep...  日本じゃね、羊を数えたって眠れないんだ。だけどそんなことを知らない子どもたちは、瞼の裏で羊たちに柵を飛び越えさせている。羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、羊が……「眠り」と結びつくことのできない憐れな羊たちは、夢/うつつの境界さえ飛び越えて、暗い部屋の中をうろつきだす。  彼らは、どうして自分がそこにいるのかわからない。羊を数える子どもたちの枕元に鼻面を近づけてみても、何の反応もない。草を食もうにも、この子ども部屋のどこに草が生えているというのだろう。試みに、床に敷かれた毛足の長いカーペットに口を近づけ、その一部を噛みちぎって咀嚼してはみるが、口内をごわつかせるだけでとても食べられたものではない。  でもやがて、羊たちだって気づくはずだ。自分たちの口に合う食べものが、この世界を覆う暗闇の中から匂ってくることに。彼らはまだ、その食べものを見たことすらない。でも彼らには、その匂いの源へと身体を駆り立ててくれる本能があった。彼らは、子ども部屋と外界を隔てるカーテン、そして窓の方へと足を進める。  子どもたちの徒なる空想から生まれ落ちた彼らの体は、暗闇の中じっと動かないカーテンも、外気を浴びて氷のごとく冷たい窓ガラスも、たやすくすり抜け、闇夜へと投げ出された。ぼふり、その体は降り積もった雪の上へ落ち、沈み込んだ。  彼らはうつつの目には映らない毛皮の上から、まだ誰にも踏まれていない真っ白な雪を纏った。しんしんと雪の降る夜の街には、低く溜まった冷気の上に、眠れぬ人々の懊悩が漂っていた。羊たちの纏う雪の毛皮は、その懊悩を吸収し、羊の体を肥らせる。羊たちは、より多くの不眠を貪るために、歩みだす。西へ、西へ。彼らを追い立てる牧人も、犬もいないのに、一心不乱に。やがて来る日の出から逃れ、できるだけ多くの不眠を喰らうことができるように。  しかし、所詮は羊の歩み。その夢まぼろしの体は、いずれ陽光に捉えられ、霧散してしまうだろう。そして彼らの行軍の途上には、幾人もの不眠を吸い込んで、濡れ布巾みたく重くなった雪の毛皮が遺されるのだ。
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