例年通り

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二人があーだこーだと騒いでいる中、1人で紙になにやらガリガリ書き連ねている奴がいた。俺たちの仲間の最後の1人、沢島裕介だ。裕介は真剣過ぎて怖いくらいにペンをガリガリやっている。 「おい裕介、なにやってんだ?」 「……」 「おい!」 「……ああ、貴様は佐久間湊か。俺様に何か用か?」 「いや、何やってるのか聞いてるんだけど……」 「見てわからんか、佐久間湊」 「すまん、わからん」 紙を見ても俺には謎の記号が並んでいるようにしか見えない。そして中央には「我が主シルファーに捧ぐ」と乱雑に書かれている。裕介が末期の厨二病ということしか俺にはわからない。 「ふふ、なら教えてやろう。これは我が主に願いを聞き届けていただく為の呪文だ」 「はあ……。じゃあ、その中心に書いてあるシルファーってのがお前の『今の』主なんだな?」 「ああ。だが『今の』とはなんだ。我が主はシルファー様ただ1人なのだが?」 「あー、はいはい」 裕介の厨二病設定は数週間ごとにコロコロ変わる。この間は悪魔王イブリースに仕えていたし、その前は堕天使アザゼルの生まれ変わりだった。俺と初めて会った時は「異世界の悪魔王に仕える一等暗殺者だが敵の襲撃からただ1人逃れ、我が王を救う方法を探すためにこの世界に今の仮の姿でやってきた」という複雑極まりない設定だったはずだ。こんな風に頻繁かつ大胆に変わるもんだから、知り合って3年目なのに未だこいつの行動が読めない。ぼっちで寂しいから俺たちのところに逃げ込んできたこと以外なにも読めない。 「で、その呪文とやらは何の願いを叶えるのに使うんだよ」 「ふふっ、よくぞ聞いてくれた。この呪文を我が主に捧げることで、偉大なお力でこの世からバレンタインなる邪悪な儀式を抹消していただくのだ」 ……要はこいつもバレンタインが憎いだけだった。 「なあ、佐久間湊。この世界からバレンタインが無くなれば、俺たちは救われると思わないか? 毎年この時期に俺たちの精神は邪悪なものに侵される。イブリース様によって抹消していただけば……俺たちの安寧は守られる」 右眼を手で押さえるという決めポーズをしながら語る裕介。彼は哀れにも、自分の過去の設定が混じってしまっていることに気がついていない。 それにしてもこいつ、顔と声はイケメンなのにな……。高校生にもなって厨二病卒業できないから男女問わず後ろ指さされるんだよ。
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